15歳で失ってはじめてわかるの意味を知る

ABOUTこの記事をかいた人

ピスチコ

帯広市出身

コスメ・スキンケアおたくのライフオーガナイザーⓇ、ホームページデザインが趣味

常に伴奏者を探している孤独な弦奏者、求・仲間。
帯広・十勝の美味しい物や楽しいことに興味があります。
インスタグラマーやブロガーの友達が少ないので、「友達になってやってもいい」って方、お気軽にメッセージ下さい!

高校2年生で一人暮らしをはじめました。

こんにちは、ピスチコです。

私が15歳の時、高校に入り寮生活が始まりました。

寮は門限があり(高校生は午後7時)それなりに厳しいかんじ。

もちろん私は、そんなにうまくやれなかったけど、なんとか過ごしていた。

寝台車のような、カーテンで仕切られたベットだけがプライベート空間。

私はスタンドライトで毎晩タロット占いをした。

自分の事を自分で占うって、初心者のくせにどうなんだろう。

本来ならシャッフルだけして、誰かにリーディングしてもらうべき。

何を占っていたかは覚えていないけど、きっとくだらない事。

 

 

そんな寮生活もトラブルに巻き込まれ危機に追い込まれる。

先輩同士の争いにたまたま居合わせた私、言ってもいないことを言った人にされてしまった。

今なら言えますよ、「そんなこと、言ってません

15歳にしては幼稚すぎた私にため息しかでない。

得てして私は虐めというか仲間外れにされはじめた。

学校だけなら我慢できた程度だと思う。

寮となると24時間それが続く、傷つくようなこともたくさんあった。

寮の担当の先生がまず頼りにならなくて、何度かその先生に寮から出ることを勧められた。

私がいなくなれば、丸くおさまる?

だけど2年生になる春が近づく頃、私は居心地の悪さを感じなくなっていた。

でもその先生ったら、私を2年生の寮名簿から外して部屋割りを決めてしまい、「もちろんここから出るよね?あなた」的な態度。

私、そんなにウザかった?

そうだとしても、経済的に親にも迷惑がかかる。

野放しにされて、私は自分が保てるだろうか?

今思うに、私は意思曖昧な弱くてダメな奴だった。

 

そしてはじまる朝が来ない夜

もちろん一人暮らしは、楽しい事もたくさんありましたよ。

でもここで私は、意外と自分が寂しがり屋だと知ることになる。

人の声がそばでする、人の足音がそばでする環境を恋しく感じていた。

寮のすぐそばには大きな高速道路が走っていて、とても騒がしい。

でも慣れてくるとその音さえ子守歌になる。

夜の食堂で友達と内緒話をするときは、カサカサ音を立ててゴキブリや知らない虫が這いまわる。

それさえ懐かしく感じた。

寮に3年間いるべきだった、どう考えてもそっちのほうが楽しかった。

私みたいなレベルあほの高校生には荷が重すぎる、そして精神的に病む日が1年後にやってくる。

寮を放り出されたのは、先生のせいみたいに書いちゃったけど多分違う。

私のせい。

それに、実はあんまり良く覚えていないの(笑)

私が通った学校も、寮もとても楽しくて素晴らしい場所だった。

これは生きていく為の知恵、楽しい記憶は色濃く残し、嫌なことなんて忘れてしまえばいいの。

15歳って大人?私は幼稚だったからまるで子供だった。

物事の良い、悪いをきちんと判断できるようになってから、手綱を緩めてくれないと。

家の親はほとんど東京に来なかったから、野放しな私。

妹もいたし、祖母もあまり元気じゃなかったし、父親は機能していなかったし。

母だけが頼り、でもその時の私はきっと母にも救えなかった。

でもこの経験は私にいろいろな事をもたらしてくれて、私の中に今もしっかり残っている。

 

 

本当に自由になった

母親ってどうしてあんなに口うるさくて、嫌な存在なんだろう?

私もその当時(15歳の頃)そう思っていたけど、今となってはありがたい存在で感謝しかない。

でもその頃母は、私を高く評価しすぎたのかも。

1年後、私は精神的に病みながら高校3年生になり、なんとか高校をみんなより遅れて卒業したものの...

社会に適応できなくなっていた。

自由ってなんですか?

私にとって自由は辛いものだった。

明日の予定、何にもありません。

何時に寝て何時に起きてもいいですよ。

仕事があるって幸せだな。

学校があるって幸せだな。

明日、朝7時に起きて行かなきゃいけないところがあるって、いいな。

何にもないからとにかく寝た。

何にもしなくてもお腹はすく。

昼と夜が逆になり、下りの満員電車を眺めながら、人がまばらな登り電車に乗る。

明け方が1番お腹がすくからファミレスの常連だった。

人間らしい感じの真逆に位置するところにいた。

健全とも背中合わせ。

それこそロングバケーション。

でも本当にある日、目が覚めて思ったことは…

明日、朝7時に起きて行かなきゃいけないところがあるって、いいな。

 

 

過換気症候群

医者には過呼吸って言われたけど、正式名称は現在、過換気症候群。

入院して精密検査をしたけど、異常がみつからない。

今みたいにメンタルな病がポピュラーではなかった。

きっと私はその頃、パニック症候群ってやつだったと思う。

何度も死ぬほど苦しくて自分の為に自分で救急車を呼んだ。

だって、目の前が真っ白になるし、動悸はするし、手はしびれるし。

冷や汗がでてきて息ができないんだもの。

入院して眠れない日は、看護婦に注射をされた。

多分睡眠薬なんだろうけど、安定剤で充分だったと思う。

睡眠薬の眠りは貝殻の中に吸い込まれていくのに似てる。

安定剤は眠くなる薬じゃないと言うけど、私は眠くなる。

思えばこのころ、金縛りにも良くあったし、幽体離脱も良くした。

今は全くないけどね。

 

 

もしも、今15歳の私に会えたら

人生、長くはないのに永遠だと思えたあの頃。

きっと優しく語っても15歳ピスチコにはわかるまいよ。

大切なのは、自分のその時やるべきことを、必死にこなして生きていくだけ。

別に、私は真面目でも、勤勉でもないけど、勉強できるって素敵だ。

今だから思うんだけどね、私、授業中、ほとんど寝てたから。

今の15歳はどうなんだろう、私は10歳の娘がいるけど、私が10歳の頃よりも大人に見える。

誰かに「しっかり勉強しろよ」と言われたらそれは「幸せになれよ」ってこと。

その通りにしたらいい。







この記事をシェアする


自分にご褒美スイーツ