「子育て記事を書くこと」を避けてきた理由、私がアダルトチルドレンである証拠

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ピスチコ

帯広市出身

コスメ・スキンケアおたくのライフオーガナイザーⓇ、ホームページデザインが趣味

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こんにちはピスチコです。

子育ての話っておもしろいですか?書いてもいいのか悩んでしまう3つの理由

2017.04.12

この記事を、静岡県浜松市の先輩ライフオーガナイザー東條真紀さんに、

それでも私が子育ての話を書く理由

で紹介していただきました。

 

 

子育て記事を書きたくない理由は上の記事にも書きましたが、

「いろいろと考えさせられた」

「重いけど気になる話だった」

など、読んで下さった方からもメッセージが届きました。(ありがとうございます

 

 

これを機に自分でも読み返してみたら、

「何を偉そうにこいつ子育てうんぬん書きやがって」と思われたくない、自信のない自分を認めるしかなかった。

認めてみたらデトックス状態、心に溜まった物を出してみよう。

パンドラの箱を、開けることになるかも知れないけど。

子育てに関するいろいろなトラウマがよみがえってあふれ出しました。

 

 

なので、「ちょっと変わった環境で育った」と書いた私のプロフィールの謎を、少しずつ解いていきます。

 

 

検索すると「子育てブログ」や「子育ての記事」は多いですよね。

実は私もお世話になりました。

 

 

子育て中に、同じ境遇の人との共感は、素晴らしい物です。

出産直後はホルモンバランスが崩れ、社交性は急降下。

そんなときでもネットのやりとりで、ずいぶん励まされました。

 

 

最近は、息子と同じくらいの男の子ママのお宅で、

うちの子鼻くそ食べてるの~

え~うちも食べてる~

 

 

まさかうちの子に限って鼻くそなんか食べるわけがない、そう思わなかった?

思ったよ、他の子がしていてもうちの子に限って、そんなことするわけないってね

ショックな事実と裏腹に、手を取り合って踊りだしたいレベルの共感です。

娘は「鼻くそ食べようと思ったこともないんだけど」と発言し、空気を一気に冷やしてくれました。

 

 

ちょっと例えが悪かったかも知れませんが、男の子は

私は周りの人にずいぶん励まされてここまできました。

男の子を産むのが怖くて、怯えていましたから。

【予定外】男の子を産みました・「私は男の子を育てる自信がない」そんなときに助けてくれた言葉

2017.06.09

そういえばあなたは「少子化の時代」を知らない

私が子どもの頃から植え付けられた偏った価値観。

もとをたどれば祖父の言葉である。

祖父は母の父で、私が小学校へ入学する春に癌で亡くなった。

 

 

祖父は小学校の校長で、アル中で、DV夫、そして子煩悩な父だった。

 

 

千羽鶴

祖父の教えを遂行するには、神様までも味方にしなければいけない。

母が夜な夜な折る「千羽鶴」にはどんな願いが込められていたことか。

子供心に祈りや願いと言うより、不安や焦り、重い物を感じた。

 

 

いなくなった弟

本当は私のすぐ下に、男の子がいたんだって。

その子は生まれてこなかったけどね。

そのことはあんまり詳しく聞けないから、よく知らない。

 

 

子供は1人じゃ育たない

母は5人兄弟、母の世代では珍しくもない。

兄2人弟2人5人兄弟。

 

 

それはいつぐらいから聞かされていたか覚えていない。

 

 

1人子供を産んだくらいじゃ、産んだうちに入らない

最低でも2人産んで、やっと産んだことになる

1人の子供じゃ、良く育たない

 

 

呪文のように、私は洗脳された。

子供は1人じゃダメなんだ、1人産んだらもうひとり産まなきゃいけないんだ。

1人だけ産むくらいなら、産まない方がいいんだ。

 

 

こんな少子化の時代がやってくるなんて知らないまま、祖父は死んだ。

 

 

私は6歳はなれた妹がいる。

 

 

そして10年前の冬、

私が破水して2060グラムの小さな赤ちゃんを産んだとき母は言った、

「無理しなくていい、子供は1人でもいいんだよ」

 

 

 

母乳育児とミルク育児

自分が死ぬほどアトピーで苦しんだので、もしこれが子供に遺伝したらと心配だった。

あんたの子はアトピーになるわ、あんたひどかったもの」優しくて意地悪な母。

私は完全ミルクで育った、今ほど母乳育児の大切さが知れ渡っていなかったらしく、病院でもミルクを勧められたそう。

 

 

諸説ありますが、粉ミルクは人工的に作られた物、アトピー体質を誘発する恐れあり。

母乳には、栄養以外にも赤ちゃんが精神的に落ち着いたり免疫力を高める力がある。

完母に完ミに混合とありますが、私は完全母乳を選んだ。

 

 

孤独な母乳育児

母は「出ないんだったらミルク飲ませればいいじゃない」と言うけど、

正直、一滴も飲ませたくない。

予定より1ヶ月以上早く産まれて、保育器から出たばかりの娘。

まだ2500グラムしかなく、おっぱいを吸う力が弱すぎた。

 

 

悩んだ私は、母乳育児の先輩ママの紹介で「一般社団法人桶谷式母乳育児推進会」を知る。

ただ母乳を与えればいいわけではなかった、その技術と知識に救われる。

桶谷式は母乳のもとになる食べ物、飲み物の制限が厳しく、ストイックな性格の私は完璧にやり遂げた。

 

 

そして卒乳も桶谷式の方法で、スムーズにクリア。

やはりこれには儀式が必要だった。

子供より、どちらかというと母親のために。

 

 

分岐点

私が東京から帰ってこなければ、多分今も独身で子供もいなかったはず。

実はそういう人生を望んでいたから。

なんだか今でももう1人の私が、東京でしっかり生きているような気がする。

 

 

そして今でもそっち側の人生に未練がましく憧れている。

もしまたあの分岐点に戻れたら、どちらを選ぶのが正解なんだろう?

まだ明確な答えはなく、自分の中で完全に終わっていない。

まだ私は自分と戦っている。

結構根強く私を苦しめる「東京問題」。

 

 

子育てはいつも前向きに、迷いながらもしてきたつもり。

何が正しくて、何が正しくないのか?

いつもいつも偏った価値観に邪魔され、判断できない。

 

 

究極の選択は何度でも訪れて、

そのたびきっと私はいつも、

本当に選びたいほうとは逆を、

わざと選んできた。

 

 

人のせいにして逃げた、

「こんなこと、私のやりたかったことじゃない

本当はもっと違う人生があったはず。」

東京で、まだ私の片割れが叫んでいる。

 

 

逆を言うと私の人生は、チャンスがたくさんあった。

その素敵な申し出をすべて無視して、

努力をしなくていいほうに、楽な方へと進んだ。

 

 

そう、私はダメな人間で、

何にも持ってない。

確かに手放してしまったものも、もう取り返しのつかないこともある。

 

 

今の状態はいったい何?

私は間違って生きてきた、なんで帰ってきたの?

東京にいれば良かったのに

 

 

いつもそこばかり注目して、分岐点に戻りたくなる。

でもなんか違うと最近思うの。

だって私はこの人生を選んだ。

 

 

あのとき母乳育児を選んだように、自分の意思で。

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