「自己責任」が流行語大賞にノミネートしそうな時代、「連帯責任」はもう古い?

朝日が差す床に置かれるレインボーのマグカップ

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ピスチコ

[出身] 帯広市(現在も帯広市在住です)

[性格] はっきりしていてわかりやすい、明るくて優しいO型です

[家族] 主人、小6娘、小1息子

[経歴] 昭和生まれの40代→ひまわり幼稚園→緑丘小学校→第五中学校→東京音楽大学附属高等学校→身も心も手も壊し3歳からやっていたヴァイオリンとピアノを諦める。小さい頃からPCが好きでプログラミングの真似事をやっていた、Webデザインの会社を友達と始める→母の自営業を手伝うため帯広に一時帰省のはずだったが今に至る。

[趣味] 音楽は好き、今は心身共に元気でヴァイオリンとピアノも弾いています。コスメとスキンケアと服を愛してやみません。

[資格] ライフオーガナイザーⓇ 写真整理アドバイザーⓇ

[依頼] 「WEBデザイン」と「電子化お片付け」ホームページ制作中、ご興味ある方もう少しお待ちください!

こんにちは「電子化と見える化でらくらく片づけ」を提案するライフオーガナイザーⓇピスチコです。

先日大手携帯会社さんで充電器の初期不良品の交換をお願いしたら、いろいろ理由をつけて断られた。

そもそもレシートとか保証書を全部処分した私も悪いし、なぜか1ヶ月前の購入履歴が反映されていない。

 

 

お店側としては、本当に1ヶ月前に購入したかもわからないし、

何の証拠もないのに文句をつけてくるクレーマーだろこいつ的な態度。

「なんでデータが残っていないの?」「ちょっとわからないですね~

 

 

カウンターで充電器の故障を調べる機械では全く問題ない良品だと出るし、

しかも思い立ったようにそのスタッフの男性に帰り際、

「でもこれソケットちょっと曲がってるので、保証書あっても無理です」と告げられる。

 

 

買ってから1度もまともに充電できないまま、どうしたら良いものか。

店内のスタッフ全員が嫌な目で見ている、ああそうかこういうものなの?

自己責任って。

自己責任でお願いします

何だか最近この言葉を注意書きで良く目にする。

時と場合によるけど、すごく冷たい響き。

ごく最近この言葉を目にしたのは、Wordpressのデザインについて調べていたとき。

 

 

CSSやHTMLのファイル編集について説明しているサイトで、

この通りにやればこうなりますよ、でもしくじればあなたのHPはエラーになりますので自己責任でお願いします

この場合は親切な注意書きにしか感じない。

 

 

でもなんでもかんでも自己責任と、押しつけるのはどうなのか?

自分の手に負えない窮地に陥っている人を「自己責任」と切り捨てるのはどうなの?

助ける余裕がない今の日本の現状、何よりみんなきっと心の余裕がない。

 

 

あの日から日々反省

あの日の事を今も悔やむ。

ありえないくらい大雪になるから、家から出ない方がいいですよ

朝からニュースで流れていたのに。

 

 

完全にナメていた、通常運行で1日行けると思った。

すべてにおいて判断を誤る、これこそ自己責任。

家に帰れない?知りませんそんなの。

 

 

あの日家に帰って何事もなくお風呂に入れたのは、

私の判断の甘さを引き受けてくれた、全くの他人の優しさのおかげでした。

大雪の帯広で、心に残る神対応「本当にありがとうございます」

2018.03.02

 

 

今度の冬の目標は絶対に雪道で埋まらない。

雪道でもスタックしないドライビングテクニックを身につけたいのに、

残念だけど才能が無い。

 

 

自己責任に浸食される

便利な物が増えた、まずインターネット。

飛行機やホテルの予約も、スマホさえあれば事足りる。

現物を見ないで買うことにきっともうみんな慣れてしまった。

 

 

いったいどんなお店のどんな人から買ったのかもわからない、

ドライな人間関係に慣れて、楽だし面倒なことがなくていいじゃんとまで思ってる。

手書きの手紙が商品に添えられていたら、嬉しい?いらない?



 

 

それで連帯責任は?

絵の具を使う図工の時間、ある子が筆洗いのバケツを落としてこぼしてしまった。

慌てて拭き取るその子を見て先生が、「ほら、みんな手伝ってあげて」素直にかけよる子供たち。

ここで「お前がこぼしたんだからお前のせいだ」は自己責任。

 

 

教育の現場では「連帯責任」という言葉が良く出てきて、

もう根性腐った大人の私が聞くと、面倒くさいことも多々ある。

連帯責任はなんだか温かい、「しょうがないなもう、手伝ってやるよ」そんな言葉が聞こえてきそう。

 

 

同じ地球に住んでいて、日本という国の同じ町の同じマンションに住んでいる。

ただそれだけの人だけど、真夜中にインターホンがなって「すいません鍵をなくしてしまって

多分あの人だなと、名前も部屋番号もきちんと言ってくれたし顔まで浮かんだ。

 

 

不思議と迷惑だと思わなかった、人間だもの、いいじゃないそんなことがあったって。

無理なこともあるけれど、そのくらいは力になれる。

重い連帯責任は嫌だけどね。

 

 

自己責任 VS 連帯責任

インターネットが人と人を繋いだ、絶え間なくいつでもタイムリーに。

それは便利であると同時に、面倒で鬱陶しい物でもある。

今このタイミングで、来て欲しくない通知もあるだろうし。

 

 

自己責任と線を引かなければ、とりとめが無いのもわかる。

人は、便利さと引き替えに自己責任を強いられるのかもしれない。

でも皆さん小学校で連帯責任の社会に生きた記憶をお持ちでしょう?

 

 

ケンカなんかはいい例で、連帯責任で廊下に立たされた経験もあるんじゃないでしょうか?

チーム全体が連帯責任でペナルティを受けるとか、

1人じゃないから乗り越えられる場合もあると思うし。

 

 

どんなに子供に連帯責任を教えても、今の日本は「自己責任」の色が濃い。

そして私自身も諦めて、自己責任で済ませてしまっている。

困った時に誰も助けてくれない世の中に、この先なって欲しくはないのに。

 

 

情報がこれだけ溢れる世の中、「自己責任」においての判断はどうしても必要かもね。

世の中便利になって、猛スピードで進化中なので。



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朝日が差す床に置かれるレインボーのマグカップ

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