「魂 解放」ってこんな感じ?思考の整理がサクサク進む、あの一言とは?

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ピスチコ

帯広市出身

コスメ・スキンケアおたくのライフオーガナイザーⓇ、ホームページデザインが趣味

常に伴奏者を探している孤独な弦奏者、求・仲間。
帯広・十勝の美味しい物や楽しいことに興味があります。
インスタグラマーやブロガーの友達が少ないので、「友達になってやってもいい」って方、お気軽にメッセージ下さい!

こんにちは「電子化と見える化でらくらく片づけ」を提案するライフオーガナイザーⓇピスチコです。

難しい話では全くなく、誰にでも起こりうることを書きます、明日あなたも「魂の解放」、経験するかも。

私は魂専門家ではありませんが、これは多分……

「あの世でもらう批判がほんとうなのさ」命の重さについて、始まりの日に思うこと

2018.01.01

魂はどこへ?

死んだら魂はどうなる?」って良くみんな思うでしょう?

もっと簡単に言うと、「死んだらどこに行く?

思った事あるでしょう?

 

 

私、超個人的意見として、死んだら無くなる。

命が無くなったらおしまい。

肉体が滅びるとともに、何にも無くなる。

 

 

私はそうありたい。

お墓になんか入りたくない、できたら海にでも粉々にして撒いて欲しい。

私の~お墓の~前で、泣かないで下さい~そこに私はいません、眠ってなんていません」みたいな?

 

 

 

残した子孫や伴侶が悲しむ姿なんか見ることもなく、自分のお葬式で泣いた人の数なんてどうでも良くて、

死んだらすべて無くなって、消えてしまう。

もしかして仮に死後の世界があったとしてもね。

 

 

法事について

もうすぐ祖母の33回忌、母がお坊さんに相談したところ「これを最終年忌としていいでしょう」と言われたそうです。

法事って仏教独自のもので、ただの先祖供養ではございません。

この33回忌、実はとても深い意味があります。

 

 

仏教の教えの中には、どんな人でも34年経てば無罪となり極楽浄土へ行けるという一説があります。

もしも地獄に落ちたとしても時効があり、この33回忌を「弔い上げ」として法事を終ることが一般的だそう。

そして実は魂的に言うと、もう一つ法事には意味があるんです。

 

 

魂と法事の関係

死者は仏から神になると仏教では考えられていて、

法事は仏様から神様へのステップアップ。

イメージとしては、先祖代々の魂が合体して大きな魂へと昇格。

 

 

子供の頃からそんなこととは知らずに、

親戚一同が集って賑やかになる法事は楽しい行事で、

もちろん故人の思い出話に花が咲き、お葬式とは違う穏やかな哀しみに包まれるのでした。



 

 

ではなぜ仏壇に手を合わせるの?

毎日、お線香をあげたり、熱心な方はお経をあげたり、故人の好きだった物を並べてたまには話しかける。

お盆には「死者が帰ってくる」と迎える準備をし、実際に帰ってくるのかなんて野暮なことは考えず。

でも、今日も手を合わせる。

 

 

「だってそれは、自分のため。

こうやってきちんとしているから、毎日幸せに暮らしているとそう思える。

故人の為ではなく、自分のため。」

 

 

そう言っている人がいて、なんだか救われた。

「きちんと供養しないとご先祖様が成仏できない」

よりずっといいではないか。

 

 

 

もしも魂が

私も不思議な経験がないわけではありません。

でもちょっと考えてみて下さい。

ご先祖様が見守っている」が本当なら。

 

 

世の中から不幸なことはすべて消えてもいいと思うのです。

震災も、災害も、交通事故も。

やっぱりなくならない、自分の身は自分で守らなければいけない。

 

 

日本は9割以上のの葬儀が、仏式で行われています。

お墓に入れるのが一般的で、流れとしては、通夜、葬儀式、告別式、火葬とほぼ決まっています。

火葬する時点でもう、物体としての存在はなくなります。

 

 

魂 解放

とても悩んでいたことが解決したような、抱えていたストレスすべてが消えてしまったような。

今まで仏壇に手を合わせるあの人は、悲しみに暮れているとばかり思っていたけど、

もちろんそんなときも合ったかも知れない、でも今は違う。

 

 

「自分のため」と言い切るその人に、なんだか私は救われました。

故人のためではなく、自分のためなんだと。

取り違えていることがいっぱいある。

 

 

気がついた瞬間楽になるとは……

「自分のため」

これから誰かとの別れが来ても、慌てないで。







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