小学校は人生最初の正念場「安心して任せられる先生は15分話せばわかる」

こんにちは、ピスチコ(pis_chiko)です。

子育てはまだまだ終わらないけど、16歳と12歳になったので勝手に反省会。

小学校に通うということが、娘と息子に与えた影響力、良くも悪くも。

 

学童保育で出会えた、たくさんのお友達、お母さんお父さん、先生。

娘は4年生まで通い、息子はコロナで通えない日が増え、楽しみにしていたキャンプも中止になり、がっかりしながら3年生で通うのをやめた。

いろいろな行事があるけど、娘が本当にキラキラしていたのはどちらかというと学校より学童の行事で、親子で必ず参加した「カレー懇親会」は今でも懐かしい想い出。

子育てのはなしそれはそれはデリケートで

子育てに悩む母親赤ちゃんの時はわからないことはなんでも聞けたのに。

年齢を重ねるごとに子育ての悩みは増えるのに人に聞きにくくなる。

どんどんデリケートな領域へ。

 

一生懸命やってる人が悪く言われる世の中、これじゃ子供も先生も疲れて学校行きたくなくなっちゃう。

よその家庭の事情もわからずに、とんちんかんな子育てアドバイスはやめてください。

聞きたいのはそういうんじゃないの。

 

息子は6年間毎年担任が変わったので、今年は6人目の担任の先生。

娘は2年に一度、小学校では3人の先生にお世話になった。

どちらがいいかはわからないけど、クラスが持ち上がるなら担任もそのままのほうがいいんじゃないかと思う。

娘の担任の先生について

小学生女子

先生だって人間だから

1年生の時は若い女の先生で、結婚はしていたけどまだお子さんがいなかった。

すごく情熱的な先生で、宿題の量もテストや家庭学習の取り組みも素晴らしく、私にとっても人生で初めての子供の担任であるわけで、こんなもんだと思っていた。

ところがしばらくして一部の親からは「1年生にあの先生は厳しすぎると」と非難がとんだ。

 

人としての相性もやっぱりあるんです。

人間だから、先生だって好き、嫌いがあって当然。

だけど立場上、それをどうバランスとってうまくやっていくか。

 

結果的に、厳しさという愛情で娘は小学校のスタートをうまく切れたと思っている。

3年生からの先生はこれまた女の先生で、娘にとっては試練だった。

一度だけキレて学校に電話した、もうかけるしかなかった。

 

「明日から学校に行きたくない」と泣いています、娘から聞いた話が事実なら、あなたちょっと反省の余地ありませんか?

電話の向こうで黙り込んでいた担任は「…すいませんでした。」と私に謝ってきたので「私ではなく、あなたから娘に謝罪して訂正してください。」とお願いした。

スッキリしなかったけど、娘は次の日学校へ行った。

 

コロナで今はあまり聞かなくなったけど、4年生になって「ハーフ成人式」を行うことになり親も学校に呼ばれた。

その時合唱を聞かせてもらったんだけど、これが本当に素晴らしくて。

指導したのはその担任の先生、あれだけ完成するには相当厳しくたくさん練習させたと思う。

 

熱心に指導したのがわかる仕上がり。

きれいな字をかかせることに対する執着もすごくて、これもすごくよかったと思う。

流れる月日はいろんなことを洗い流してなつかしさに変えてくれるから、今となってはいい想い出。

 

5年生になって初めて男の先生が担任になった。

5年生後半になると学校に来られない子が数名出てきて、担任とそのことで話す機会があった。

どうにもできない、踏み込んでいい領域には制限がありますから。

 

どうして学校にこないのか、○○ちゃんに理由は聞きましたか?

はっきりは聞いてません、あのケンカが原因だと思うんですが。

なんでそんな話になったかというと、学校に来られなくなった子と娘が仲が良いと担任が思い込んでいて、毎日プリントを届ける役目にされていたから。

 

最初はピンポンを押すと母親が出てきてくれたのでプリントを渡せて少し話もしていたらしいけど、そのうちピンポンしても中には気配があるのに出てきてくれなくなった。

娘が帰ってくるのが遅く理由を聞くと「プリントを渡せなかったから、学校に帰って先生に返してきた。」という。

その日までほとんど毎日のように娘がプリントを届けていたらしいので、せめて当番制にするとか親に取りに来てもらうとかできないものかと私が担任に相談した。

 

どうやら担任とその家庭のコミュニケーションがうまくいっていないよう。

なんとか学校に来させることはできない?」なんてうちの娘に丸投げする担任だったけど、娘の習い事の発表会には娘さんに選んでもらったのか、すごく女子受けするプレゼントをもって観に来てくれた。

言葉が足りなくて、伝わらないままの気持ちが見え隠れする2年間だった。

学童の先生たち

実名出して大好きって書きたいくらいの先生に素敵な時間と安心を与えてもらった。

子育ての悩みも何個も解決したし、先生の言葉一つ一つに娘より私が救われた。

感謝の言葉しかない。

 

高校生になってもまだ娘は、学童の先生たちとつながってる。

「何か困ったことがあったら私を呼びなさい、なんで連絡しないの?」と声をかけてくれるらしい。

つい最近も「お母さん、今日N先生に車で送ってもらったよ、お母さん元気?って言ってた。」と聞いて心が温かくなった。

息子の担任の先生について

小学生の男子、女子

コロナの影響も大きく受けて

教育委員会は何を推奨しているかわからないけど、はっきり言おう。

1年で担任が変わった場合、親も子も担任の名前を全員覚えていないくらい希薄な関係、今記憶をたどってみたらフルネームを思い出せない、2年目の大切さは絶対ある。

そういうわけで、息子は担任に関して運がない。

 

コロナ禍の中、学校が臨時休校となり、不要不急の外出を控えろと厳しい状況に襲われた。

息子の小学2年生の最後から始まった出来事。

なんとなく流されてここまできてしまった。

 

担任に恵まれないと、子供は大人への不信感がつのっていく。

子供にとって担任の先生は大人の象徴みたいなものだから。

本当にいろいろなことがあって、悩みはつきなかったけど。

 

今は家庭訪問が面談に変わって親が学校に行く、6年生の面談では息子の弱点について、担任からいろんな話を聞かされた。

思わず私も、息子に関して悩んでいることをいろいろ口にした。

先生は、自分の子供の話をたくさんしてくれた。

 

この先生は男の子3人育てたお母さん、懇談会で話してくれることがまるで素晴らしい授業で、つい数日前の参観日でも、親たちは真剣にメモを取りながら聞いていた。

そして私は親として反省ばかりで、いまだに息子とうまくいかない、どうしても男の子とのコミュニケーションが苦手で、話しやすい娘とばかり会話してしまう。

コミュニケーションこそが、生きていくのに一番大切な物なのに。

毎日思う明日こそ!

息子を褒めてやりたい。

「今日こそほめよう」と思っても顔を見ると出てくるのは「宿題やったの?」「明日の準備したの?」「アイスの棒は捨てなさい!」「靴下は洗濯に出しなさい!」こんな言葉ばかり。

やっぱり言葉で伝えるのはすごく難しいな。

 

息子は絵も工作も得意じゃないので、あまり見せてくれない。

つい最近もぐちゃぐちゃになった画用紙で作った花の工作を「これ捨てていいよきれいじゃないから。」と渡されたので、こっそりきれいに伸ばして私のベッドにくっつけた。

そんなところじゃなくて違うところに飾ったら?」すぐに反応あり。

 

どうして?だってこの方がよく見えるもん。

こんなんで伝わるかわからないけど。

あなたももう6年生、来年は中学生になるんだもんね。

メモしなくてもほとんど覚えてる先生の言葉

素敵な言葉、良い一日を!

この教室の中にはいろんな人がいると思う、もちろん嫌いな人もいるかもしれない。

だけど誰一人嫌な思いをしないように、気持ちよく勉強ができるためにはどうしたらいいか?

子供たちとも話し合っていますが、コミュニケーションを取ってやっていく、私はそれが一番大切だと思っています。

 

ゲームの世界に入ってそこから出てこられなくなってしまう子もいます、オンラインゲームなどは人間心理を知り尽くした心理学などの専門家が、どうやったら人がのめり込むかを研究して作っていく、子供がはまってしまうのも本当に無理もないこと。

みんながやっている、みんなが持っているで安易にスマホを買い与えないでください。

それから「宿題やったの?」等の声かけは今日からやめて下さい。

 

子供たちにも話していますが、自分でやらせてください。

表で管理しています、ノートを出したら丸をつける、それを私がスマホでも管理しています。

家庭学習をきちんと出せている子はクラスで4~5人です。

 

(この日学力テストの結果が保護者に手渡しで返されました。)

うちの学校は特に記述が弱いです、なので時間があれば本を読む時間を作っています。

お母さんが本を読まないのに子供に読みなさいと言ってもなかなか読まないんですよね、なのでお母さんたちもできたら本を読んで面白かった本をお子さんにすすめてみたらどうでしょうか?

この後は先生の息子さんの話が、時間の許す限り続くんだけど。

もっともっと聞きたかった、クラスの4分の3は出席していた懇談会。

前半はグループで雑談をしたんだけど、各グループが何を話していたか、先生は全部把握していた。

 

聴く力がすごいと思う、きちんと子供の声を聴いてくれてるのがわかる。

5年生の時の担任はものすごい頻度で私に電話してきて、息子が手に負えないと訴えた、はっきり言って日々穏やかではなかった。

担任のことを呼び捨てで呼ぶ息子、大嫌いだとことあることに悔しがり、負けないでよく頑張ったと思う。

 

お母さん、昨日ツルハ行った?

んー行ったけど?

学校のそばのとこ?

 

いや違うな、違うとこ

もしね、学校の近くに行ってたら○○先生に会ってたかもね。

なんで?

 

炭酸水、実験の、買いに行ったんだって。

理科実験だったの?

うん。

つい最近の息子との会話。

これから中学生になって子供はどんどん思い通りにならなくなるでしょう。

だけどね、お母さんもわかっていると思うけど、子供は思い通りになんかならない、そういうもの。

同じように育てても、きょうだいだって同じように育たないし。

 

うちの真ん中の子はいろいろ道は踏み外すし、せっかく入った高校は1か月でやめるし、仕事も続かなかったの。

だけど私は絶対見捨てることだけはしなかった。

その子によって差はあるけど、ある日この子はこれだけは絶対人に負けないっていう素晴らしい個性が出てくる、それはいつかわからないけど、絶対に出てくるから。

これは5月の面談の時、先生が私に話してくれた言葉。

よかった息子、最後の最後で、やっときちんと向き合ってくれる先生に担任もってもらえた。

子育てはスマートに超えてなんていけない、自分を見失う出来事の連続です。

 

あまりに心無い大人が担任になってしまった場合、やはりそこは大人である親の出番かと。

だけど助けてあげられることには限度があって、教室の中でのことは先生に任せるしかない。

そこが素敵な場所でありますように。

ピスチコ
9月になりコスモスが咲いていますが秋がなかなかこないですね、残暑という言葉は似合わない北海道が、今夜もムシムシ暑いです。

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