こんにちは、ピスチコ(pis_chiko)です。
私は帯広市で生まれて、中学3年生まで過ごし、東京の高校へ進学しました。
親がピアノ教師だった関係で、音楽の道へ進むための上京です。
東京という町に深く関わり約10年間暮らしたことは人生にかなり影響を与え、からからのスポンジのようにいろいろなことを吸収して、20代になりました。
今もたまに夢に見る。
東京の日々。
記憶ってふしぎ
1年前のことは忘れてしまっても、30年以上も前のことを鮮明に覚えていたり。
記憶の引き出しは覚えていたいことはバックアップして、定期的に鮮明処理をしているのかと思うくらい。
自分の頭や心の中で起こっていることなのに、説明がつかない。
高校時代、国語の時間は好きじゃなかった。
こんなこと覚えていたいとは思っていない、むしろ忘れていい。
あのとまどいを定期的に味わえっていうのならご遠慮したい。
教科書を朗読するとクラスのみんなが笑う、どうしてなのかわからない。
間違っていない、むしろスラスラ読んでる(つもり)。
先生も笑ってるんだけど、理由を教えてよ。
なまらとかしたっけとかわやなんて言ってないし。
ゴミは投げない、捨てる。
いずいとかこわい(だるい)とかバカくさいとかも言わないようにしてるのに。
太字は友達に通じなかった北海道弁。
不思議そうに「え?なに?」と言われた。
なんで私は笑われてるのか、何がおかしいのか、小さな胸が張り裂けそうよ。
もしかして私〇まっているんですか?
みんなが何で笑うのか、しばらくわからなかった。
テレビのニュースでインタビューされてる、函館の漁師さんが話す言葉は全くわからない、それにくらべて帯広は標準語だと思ってきたから。
私の抑揚が笑いを巻き起こしていたらしく、要するにイントネーションがおかしいみたい。
ショックだった。
東京って冷たい町だなと思った。
一生懸命に教科書を読んでいる私を笑いやがって。
この件については定期的に思い出して、くやしさがこみ上げる。
恥ずかしかった、そんな簡単に直せるものでもなかったし、いじめられてるような気分にもなった。
人生でショックだったワースト3に入る出来事。
夏休みが来る頃には、初めて会った人にばれないくらいのイントネーションで話せるようになっていた。
アキレス腱が切れるくらい背伸びして、都会の人になりたかった。
教科書を読むだけで笑ってもらえるなんて特技だと、悪用することもできただろうに。
私はこうやって育ってきたんだと、ありのままの自分でもいられずに。
青い春の時期を生きる多感な女子は、人と違うことは許せなくて、普通がよかった。
普通が人それぞれ違って、普通の取り扱いで悩むのは私が30代になってからの話。
帯広は標準語?
結論から言うと、帯広生まれのイントネーションは標準的ではなく、東京では訛っているに類する。
北海道弁と言われる明らかな言葉の違いや、語尾などの特徴もある。
通じればよいんだけど通じなかった。






私がねこさんで友達がうさぎさん、実際にあった女子高生の日常会話です。

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