こんにちは、ピスチコ(pis_chiko)です。
思えば18年前、娘の首が座って後ろに手を添えなくても抱けるようになったとき、こうやって一つ一つ成長していくんだと、なんだかすごくやり遂げた気分になったのを思い出す。
大変だったけど、もう一回。
1分1秒変わらずに同じ歴史を刻むとしても、もう一回。
赤ちゃんの頃からここまでの18年間を。
まるっともう一度やらせてもらえないでしょうか?
巣立ちの時に
春から晴れて大学生となった娘、エイプリルフールにポテトライナー(十勝のローカルバス)に乗って2人で札幌へ。
帰り道は一人。
泣きはしなかったけど、こういう寂しさを今までの人生で経験したことはなかった。
わざと忘れ物をしてきたような、体の一部を置いてきてしまったような。
娘だって寂しいはずだからしっかりしないとなんて思いながら。
札幌は風が冷たくて、薄いジャンバーを選んだことに後悔しながら。
札幌には何回か来ているけど住んだことがない。
なので東京よりも知らない町で遠い町。
なんとなくよそいきの顔をしている町。
ここでキャンパスライフを送るんだね。
大学進学おめでとう、そこが明るく幸せに満ちているようにと。
ポテトライナーで約4時間の場所から祈っているよ。
エンプティネストを語る
病院で働いていた時、私の後に入社してきたSさんは一人息子が巣立って、まさにエンプティネストシンドローム真っ最中。
「何かしていないと寂しくて、忙しくして考えないようにしたい」とよく言っていた。
娘は高校受験の年を迎え、息子は小学生だった私にはこの時全然ピンとこなくて。
一人息子だからやっぱり寂しいんだろうなんて、かなり他人事で正直よくわからなかったんだけど、自分がその立場に立ってみて彼女の気持ちが痛いほどわかるから、想像力が足りなかったと今になって反省している。
巣立っていくのはめでたいことでむしろ順調、生まれた時からわかっていたことで自立が子育てのゴールだと言われてる。
だとしても親は寂しい。
その瞬間までわからなかった私はやっぱり想像力がかなり足りないけど、傷にかさぶたがはっていくように少しずつ治っていくはず。
娘が「ただいま」と帰ってくるような気がして、今でもそわそわする時間帯がある。
静かになってしまった部屋がため息が出るほど寂しかったと、自分の体験談を教えてくれたXのフォロワーさんにはものすごく元気をもらった、リプライくれたり励ましてくれたすべての方にありがとう。
毎日そこにいた子供がいなくなってしまう、こんなに寂しいものか。
しばらくは自分が機能していないような、半分停止の毎日。
それこそ忙しくして忘れましょうと、せっせと働く日々。
だけど今はスマホにLINEにとつながることは簡単で。
やっとここにきて自分の親の気持ちを考える。
高校から上京した私、きっと母は寂しかったと思う。
私が高校2年生の時に母方の祖母が死に、数か月後に父と母は離婚した。
妹が大学生になって家を出たとき母は一人ぼっちになったわけだから、どんなに寂しかっただろうと想像するのも怖いくらいだ。
私は実家に戻ってから結婚したので、実家を出るときにまた母に寂しい思いをさせてしまったと思う。
続・エンプティネストを語る
東京に戻る話が何回かあったけれどうまくいかなくて、そんなことしているうちに結婚してしまって。
「こんなに一緒にいられると思っていなかった」と、母は嬉しそうに言っていた。
結婚してからもスープの冷めない距離に住んでいたから。
親孝行と言う言葉が重いと感じた時もある。
私は長女だからかいい子ぶるところがあって、自分のそういうところが嫌い。
だけどそういう風にしか生きられない自分もいる。
「一人っ子って寂しいものなんだね」数日前に息子が呟いた。
いやたぶん、一人っ子は寂しくない。
きょうだいがいるからこそ感じてしまう寂しさ。
オムツを交換している頃は気付かないけど、子供と過ごせる時間は思っているよりも短い。
いずれこうやって家を出て行ってしまうわけだし、ずっと一緒にはいられないのはわかっているけど。
かなりの確率で、この寂しさは子供の成長と共にやってくる。
だけどその事実を伝えるだけでアドバイスはできない。
エンプティネストを抱えてしまったら、その傷が癒えるまで忙しくして過ごすくらいしか紛らわす方法を知らないし、「生きる」上で完ぺきなアドバイスなんてあるわけないから。

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